本当はフェチなお伽話
「蛤(はまぐり)女房」と言う昔話をご存知でしょうか?
「鶴女房」のパロディかと思えるほどその内容は酷似していますが、主に西南日本で昔から語り伝えらているお伽話の一編です。
「鶴の恩返し」や「浦島太郎」などと同様、民話では「禁室型」と呼ばれるカテゴリーに属するもので“課せられたタブーを犯してしまったが為に悲劇的な結末を迎える”という内容のお話です。
人間以外のものが美しい娘の姿となって、恩返しに現れるという「異類婚姻譚」と呼ばれるストーリーも昔話ではお馴染みのスタイルですね。
昔むかし、海辺の貧しい漁村に茂吉という若い漁師が住んでいました。
ある日茂吉は漁に出て、たいそう大きな蛤を捕らえましたが、貝柱が傷ついていた事を可哀想に思い海に逃がしてやることにしました。
すると、しばらくして茂吉のもとにお浜と言う美しい娘が現れ「自分と結婚して欲しい」と懇願します。 茂吉は喜んでお浜の申し出を受け入れ、二人の幸せな結婚生活が始まりました。
お浜はこの世の者とは思えないほどの美貌を持ち、気立てもよく茂吉にとても尽くしてくれました。 料理の腕前も素晴らしく、特に朝飯の時に出される味噌汁は絶品でした。
この味噌汁があまりにも美味なので、茂吉はお浜にその出汁や作り方を尋ねます。 しかし彼女はそれには答えず、自分が料理を作る所は決して見ない様、茂吉に約束をさせたのでした。
しかしどうしても気になった茂吉は、禁じられていたにも関わらず、ある日お浜が味噌汁を作っている過程を覗き見てしまいます。
するとあろうことかお浜は味噌汁の鍋に向かって放尿しているではありませんか!
なんと、極上の味噌汁はお浜の小水で味付けされていたのです。
これを見た茂吉は激怒し、お浜を怒鳴りつけて家から追い出してしまいました。
お浜はしばらくの間、海辺で泣きじゃくっていましたが、やがて大きな蛤にその姿を変えて海へと帰って行きました。
後に茂吉はこの事をとても後悔し、お浜の面影を想い 涙しますが、彼女が戻って来ることは二度となかったという事です。
男尊女卑で封建的な思想が色濃く残っていたであろう時代に、女性に関するこんなフェティッシュなエピソードが語られていたというのも面白いですね。
また、そんな時代ゆえに茂吉がお浜に抱いた怒りも相当なものであっただろう事も推察できます。
マゾヒストにとっては美しい女性の排泄物や唾液等の分泌物は崇拝の対象ですから、茂吉がM男であったならこうした悲劇は起こらなかった訳です。
何しろ、女性の咀嚼物に聖水をかけた物や、黄金をトッピングした物が至上のメニューとされるのが、マゾヒストの価値観なのです。
僕もこれらのご馳走をご主人様から頂く事がありますが、その際は床にしっかりと頭を擦り付けてお礼を申し上げてから、四つん這いになって口だけを使って頂きます。
茂吉は最終的にお浜を追い出した事をとても後悔するのですが、なんとも残念な話ですね。
実はこの話には、子供に語る際に脚色されたと思われる別のバージョンが存在していて、そちらではお浜が鍋に身を浸したお湯で味噌汁を作った事になっています。
しかしこれでは、たとえノーマルで潔癖症な夫であったとしても、彼を激昂させる程の仕打ちではない様に思えます。 現代の子供達に語り聴かせた場合に、今ひとつ説得力に欠ける内容に改変されていると思うのは、単に僕が重度のフェチだからでしょうか?
かつて宮沢りえが全盛期の頃、ドラマのNGシーンばかりを集めた番組で紹介された楽屋裏での一コマを思い出します。
入浴シーンの撮影後にバスタブに浸かりながら、彼女は近づいてきた男性ADに向かって笑顔で「あとでこのお湯を飲むんでしょ?」と発言したのです。 男のフェティッシュな願望を女性は全てお見通しなのですね。
前回、ご主人様にご調教頂いた時の事です。
ご主人様はホテルのお部屋に入られるなり、お湯を張った洗面器とボディタオルを用意され、僕におみ足を洗う様にお命じになられました。
猛暑で汗ばんだおみ足がとても不快だったのだと思います。
僕は跪き、ご主人様の両の足裏や指の股など隅々まで丁寧に洗浄させて頂くという光栄に浴しました。
そして洗浄を終えるとご主人様から「いいわよ、お飲みなさい」と一言。とても嬉しいご褒美を賜りました。
僕はご主人様のおみ足の汗や皮脂が溶け込み、細かい砂粒等が沈殿している洗面器一杯のお湯を有難く全て飲み干させて頂きました。 こうした事に陶酔するのが、マゾヒストです。
美しき女性の全身を巡った朝一番の濃厚な聖水。 その貴重な原材料で作られた味噌汁が極上の味わいであったと語られている事実。 そしてご存知の通り、アワビや蛤などの貝類はその形状から女性器の象徴として扱われる事が多い海産物です。 特に蛤は隙間なく重なる貝殻のイメージから「処女性」や「純潔」を表しているのだそうです。 女性との約束を破り、真実を覗き見た為に全てを失う事になった男の愚かさ。 禁忌を犯さず女性の全てを受容していれば男は幸せな一生を送れた筈でした。
僕にはこの「蛤女房」はマゾヒズムを推奨している教訓話の様に聞こえるのですが、この解釈は間違っていますでしょうか?(笑
「鶴女房」のパロディかと思えるほどその内容は酷似していますが、主に西南日本で昔から語り伝えらているお伽話の一編です。
「鶴の恩返し」や「浦島太郎」などと同様、民話では「禁室型」と呼ばれるカテゴリーに属するもので“課せられたタブーを犯してしまったが為に悲劇的な結末を迎える”という内容のお話です。
人間以外のものが美しい娘の姿となって、恩返しに現れるという「異類婚姻譚」と呼ばれるストーリーも昔話ではお馴染みのスタイルですね。
昔むかし、海辺の貧しい漁村に茂吉という若い漁師が住んでいました。
ある日茂吉は漁に出て、たいそう大きな蛤を捕らえましたが、貝柱が傷ついていた事を可哀想に思い海に逃がしてやることにしました。
すると、しばらくして茂吉のもとにお浜と言う美しい娘が現れ「自分と結婚して欲しい」と懇願します。 茂吉は喜んでお浜の申し出を受け入れ、二人の幸せな結婚生活が始まりました。
お浜はこの世の者とは思えないほどの美貌を持ち、気立てもよく茂吉にとても尽くしてくれました。 料理の腕前も素晴らしく、特に朝飯の時に出される味噌汁は絶品でした。
この味噌汁があまりにも美味なので、茂吉はお浜にその出汁や作り方を尋ねます。 しかし彼女はそれには答えず、自分が料理を作る所は決して見ない様、茂吉に約束をさせたのでした。
しかしどうしても気になった茂吉は、禁じられていたにも関わらず、ある日お浜が味噌汁を作っている過程を覗き見てしまいます。
するとあろうことかお浜は味噌汁の鍋に向かって放尿しているではありませんか!
なんと、極上の味噌汁はお浜の小水で味付けされていたのです。
これを見た茂吉は激怒し、お浜を怒鳴りつけて家から追い出してしまいました。
お浜はしばらくの間、海辺で泣きじゃくっていましたが、やがて大きな蛤にその姿を変えて海へと帰って行きました。
後に茂吉はこの事をとても後悔し、お浜の面影を想い 涙しますが、彼女が戻って来ることは二度となかったという事です。
男尊女卑で封建的な思想が色濃く残っていたであろう時代に、女性に関するこんなフェティッシュなエピソードが語られていたというのも面白いですね。
また、そんな時代ゆえに茂吉がお浜に抱いた怒りも相当なものであっただろう事も推察できます。
マゾヒストにとっては美しい女性の排泄物や唾液等の分泌物は崇拝の対象ですから、茂吉がM男であったならこうした悲劇は起こらなかった訳です。
何しろ、女性の咀嚼物に聖水をかけた物や、黄金をトッピングした物が至上のメニューとされるのが、マゾヒストの価値観なのです。
僕もこれらのご馳走をご主人様から頂く事がありますが、その際は床にしっかりと頭を擦り付けてお礼を申し上げてから、四つん這いになって口だけを使って頂きます。
茂吉は最終的にお浜を追い出した事をとても後悔するのですが、なんとも残念な話ですね。
実はこの話には、子供に語る際に脚色されたと思われる別のバージョンが存在していて、そちらではお浜が鍋に身を浸したお湯で味噌汁を作った事になっています。
しかしこれでは、たとえノーマルで潔癖症な夫であったとしても、彼を激昂させる程の仕打ちではない様に思えます。 現代の子供達に語り聴かせた場合に、今ひとつ説得力に欠ける内容に改変されていると思うのは、単に僕が重度のフェチだからでしょうか?
かつて宮沢りえが全盛期の頃、ドラマのNGシーンばかりを集めた番組で紹介された楽屋裏での一コマを思い出します。
入浴シーンの撮影後にバスタブに浸かりながら、彼女は近づいてきた男性ADに向かって笑顔で「あとでこのお湯を飲むんでしょ?」と発言したのです。 男のフェティッシュな願望を女性は全てお見通しなのですね。
前回、ご主人様にご調教頂いた時の事です。
ご主人様はホテルのお部屋に入られるなり、お湯を張った洗面器とボディタオルを用意され、僕におみ足を洗う様にお命じになられました。
猛暑で汗ばんだおみ足がとても不快だったのだと思います。
僕は跪き、ご主人様の両の足裏や指の股など隅々まで丁寧に洗浄させて頂くという光栄に浴しました。
そして洗浄を終えるとご主人様から「いいわよ、お飲みなさい」と一言。とても嬉しいご褒美を賜りました。
僕はご主人様のおみ足の汗や皮脂が溶け込み、細かい砂粒等が沈殿している洗面器一杯のお湯を有難く全て飲み干させて頂きました。 こうした事に陶酔するのが、マゾヒストです。
美しき女性の全身を巡った朝一番の濃厚な聖水。 その貴重な原材料で作られた味噌汁が極上の味わいであったと語られている事実。 そしてご存知の通り、アワビや蛤などの貝類はその形状から女性器の象徴として扱われる事が多い海産物です。 特に蛤は隙間なく重なる貝殻のイメージから「処女性」や「純潔」を表しているのだそうです。 女性との約束を破り、真実を覗き見た為に全てを失う事になった男の愚かさ。 禁忌を犯さず女性の全てを受容していれば男は幸せな一生を送れた筈でした。
僕にはこの「蛤女房」はマゾヒズムを推奨している教訓話の様に聞こえるのですが、この解釈は間違っていますでしょうか?(笑