性倒錯者のかなしみ
「レグ・ラバ・ザ・ポチ」
これは、かつて講談社が発行していた青年コミック誌、「ミスターマガジン」に連載されていた足フェチをモチーフにした漫画作品のタイトルです。
少年期のトラウマから女性の足にしか欲情しなくなった青年・憧。
魅力的な足を持ちながら、自分の最も醜い部分としてその足を嫌悪している女性・麻葉。
しかし、彼女もまた足を愛される事でしかオーガズムを得られないパラフィリアでした。
運命的に巡り会った2人の男女の奇妙な愛情物語。
実はこのコミックスは、僕が若かりし頃に交際していた女性の忘れ形見なのです。
彼女はごくノーマルな女性でした。
しかしどういうわけか、このフェティシズムをテーマにした漫画にハマり、毎号夢中になって読んでいました。
掲載誌のミスターマガジンを発売日に購入して真っ先にこの作品を読み、さらに新書版も発売と同時に買い求めていたほどのお気に入りでした。
そんな大切な本を、交際を解消した際、僕が借りていた部屋に置いていってしまったのです。
その後、僕は転居する度にこの本を処分しようかどうか迷いつつ、今だに自分の書棚に収めたまま現在に至っています。
彼女は本をとても大切にする女性でした。
祖父が出版業に関わっていた人で、小さい頃から本は丁寧に扱うよう厳しく躾られて育ったそうです。
それは雑誌や漫画でも同じでした。
僕が仕事の資料に使う本を雑に扱っていると、とても悲しそうな顔をしていました。
経年で薄っすらとヤケてしまった彼女の忘れ形見を手に取り、パラパラとページを繰ると懐かしい日々の記憶が蘇ってきます。
ビールの苦味を美味いと感じるようになったのはいつの頃からだったでしょうか…
10代後半、童貞を喪失した瞬間に、僕は その行為に対してほとんど興味を失いました。
おそらくは通常より少し遅いくらいの初体験でしたが、何の感動も湧き起こりませんでした。
さほど期待していなかったとはいえ、僕は少なからず落胆していました。
それよりずっと以前から、自分が被虐性愛者である事は自覚していました。
自分の性衝動は別の所に存在している。
セックスに対する失望感は僕を次の行動へと駆り立てました。
SM誌で、とある有名SMサークルが会員を募集している事を知り、矢も盾もたまらず入会案内書を取り寄せたのです。
入会の申し込みには期限が切られていました。
現在のようにSMクラブが乱立する以前、SMは今よりもずっと背徳感に満ち、アンダーグラウンドな雰囲気を湛えていました。
それは若者が簡単に足を踏み入れてはならない世界のように思えました。
しかし、ノーマルなセックスでは“肥大していく自己の性的欲求を満たす事が出来ない”という焦燥が、僕の背中を押したのです。
さんざん迷いましたが、締め切り間際に微かに震える手で申込書に記入し、期待半分不安半分でポストに投函しました。
その後1週間ほど経って、会から入会審査を行うので指定場所に来るよう連絡が入りました。
夏の蒸し暑い夜でした。
僕ははやる気持ちを抑えて、指定された都心のマンションへと向かいました。
そこには2人の女王様が待機されていて、僕を優しく迎え入れてくれました。
僕は初めて遭遇する女王様がたを前にして、とても緊張していました。
照明が落とされたその部屋は、梁や檻などが設置され、鞭や拘束具などの責め具がディスプレイされた異空間でした。
30分ほどのカウンセリングで自分の性癖や願望を伝えた後、僕は人生初のSMを体験することになりました。
2人の女王様に促され、その日初めて女性の足下に跪いたのです。
そして念願だった足指に口づけることを許されました。
それは僕をマゾヒズムの世界へといざなう儀式でした。
正座をして両手で女王様のおみ足をしっかりと支え、足指を一本一本口に含んで舌先で丁寧に舐め清めます。
指股にも舌を差し入れ、皮脂や汚れを残さないように舐めとりました。
少しでも手を抜こうものなら女王様の厳しい叱責と鞭が飛びます。
僕は口の中一杯に拡がる甘美な味わいに酔いしれ、若い股間をはち切れんばかりに屹立させていました。
憧れていた、女性のおみ足。
その味や香りや感触は想像していた以上に僕のリビドーを揺さぶりました。
この背徳の儀式は、セックスの何十倍もの快感を僕に与えてくれたのです。
その後、豊臀に顔面を潰され、尻を一本鞭で打たれ、股間を蝋涙で固められながら、2人の女王様の前で精を放ちました。
その時、僕はハッキリと自分の居場所を確認する事ができたのです。
そして、その“官能的な世界”の虜になりました。
しかし、その一方で僕はノーマルな女性たちとも交際をしていました。
通常ならセックスに溺れるような年頃でしたが、そちらの方はいたって淡白でした。
なるべくそういう雰囲気にならないように努めていたと言った方がいいかもしれません。
かと言って、彼女たちの中にサディズムを求める事もなく、自分の性癖を口にする事もありませんでした。
ただ、自分にとって女性は畏怖や崇拝の対象であるという、どこか漠然とした思いだけはありました。
女体にのしかかり、獣のように獰猛に腰を振ることに躊躇いがあったのです。
むしろ体の上に跨られ、抑え込まれ、見降ろされながら腰を使われるような構図が自分に相応しいような気がしました。
最初は女性に覆いかぶさって腰を使ってはみるのですが、すぐに中折れして元気が無くなってしまうのが常でした。
女性はオーラルで僕を励ましてくれましたが何度やっても結果は同じで、そのうち疲れ果て諦めてしまうのでした。
精神的な抑圧から女性に包み込まれたまま、オーガスムに達することが出来ないのです。
そんなことを繰り返し、いつしか彼女達は僕から離れていきました。
僕はノーマルなセックスに関しては不能者同然でした。
何度めの恋愛だったでしょうか…
僕は、冒頭で書いた女性と付き合うようになりました。
同じ価値観を共有できる相手は恋愛のパートナーとして理想的ですが、そういう意味において彼女は僕にピッタリの女性でした。
一緒に映画を観たり、美術館を巡ったり、ショッピングに付き合ったり、お酒を飲んで語らうだけで充分楽しかったのです。
しかし、一定期間交際すると大人の関係になっていく事は避けられないようでした。
彼女とのセックスもまた他の女性たちと同様でした。
普通の男として愛されるだけでは、僕の欲求は満たされないのです。
彼女は自分の責任だと勘違いをしていたようですが、この時も僕は自己の性癖をカミングアウトする事はできませんでした。
ノーマルを装いつつ、満たされない思いを抱え苦悩する日々。
僕は自らのマゾヒズムを解放する場として、彼女の目を盗んではSMクラブへと通っていました。
おそらく彼女を性的に満足させてあげた事は一度も無かったと思います。
最後は口や舌を使って、彼女をオーガズムに導いてあげる事が、せめてもの償いでした。
この頃、僕のマゾヒズムはどんどん重症化していきました。
SMの深みにはまればはまるほど、セックスが味気なくつまらないもののように感じられました。
僕は女性器に奉仕する事で勃起を促し、性行為の最中、目を閉じて被虐的妄想に耽る事で勃起状態を維持していました。
挿入行為とは違い、クンニリングスは僕を興奮させました。
一方的に奉仕する方がより好みでしたが、相互で行う際、目前に迫るお尻の谷間に顔を埋める行為も僕のマゾヒズムを刺激しました。
彼女にS女性になって欲しいと望んだことはありませんでしたが、彼女との日常やセックスにおいて少しでもマゾヒズム的な要素を見つけだそうとしていました。
ある時、僕は思い切った行動に出ました。
いつものように騎乗位に飽きて萎え始めた頃、僕はペニスが抜けてしまわないよう慎重に腰を動かしながら屈曲位と呼ばれる体位に持ち込みました。
そして彼女の両の脚を抱えピストン運動を続けながら、少しずつ足裏に顔を寄せてみたのです。
間近で眺める彼女の足は、小ぶりながらも長い指先がバランス良く並び、角質など全くないスベスベした美足でした。
顔をあてるとヒンヤリとして微かに湿ったような感触。 甘酸っぱい香りが僕の官能をまさぐります。
それは熱く火照った顔にとても心地よく、癒される感じがしました。
僕はゆっくりと頬ずりし、土踏まずにそっと唇を触れてみました。
女性の足に対する憧憬。そして隷従…
僕は顔面を彼女の足裏に徐々に強く押し当てていく事で、あたかも踏みつけられているような錯覚に陥りました。
被虐的リビドーが喚起されたのか、わずかに股間のものが蘇生しました。
元気なく今にも抜け落ちそうだったものが彼女の足裏の香りや感触に反応したのでした。
僕は足指に遠慮がちに舌をはわせ、少しだけ口に含んでみました。
「あっ!」と小さく抗う声。
しかし思いがけず、自分の中で脈動を打ち始める雄の猛りを彼女は感じ取ったに違いありません。
僕は次第に大胆になり、彼女の足の指を一本ずつ舌で絡めるようにしゃぶり、爪の間に舌を差し入れてその味や香りに酔いしれていました。
自分でも股間の物がどんどん熱く硬くなっていくのを感じていました。
(この人、私の足を舐めることで興奮している…) 彼女は間違いなく気がついたと思います。
しかし、その後も特に抵抗する事なく最後まで僕に身を任せてくれました。
この日、僕は彼女の足を愛でることでオーガズムに達することができたのです。
膣不感症気味の僕が射精できた事を彼女は喜んでくれました。 しかし僕の心には後ろめたさが残りました。
当時、彼女は毎日のように僕の部屋に通って来ていました。
彼女の荷物が少しずつ増えていくことに悪い気はしていませんでしたが、性的な部分で“僕でいいのだろうか?”という思いは常にありました。
たまに行うセックスは、相変わらずでした。
足を舐めたり騎乗位でしてもらった時は逝く事もありましたが、大抵は中途半端に終わるので彼女に申し訳ない思いが先立つのです。
彼女は僕を気づかってか、そのことに関しては一切口にしませんでした。
そんなある日、彼女に差し出されたのが「レグ・ラバ・ザ・ポチ」でした。
「最近この漫画が、お気に入りなの…」
それは冒頭から女性の足に対するフェティッシュなシーンの連続で、全編を通して性的倒錯者の生態を描いた作品でした。
僕はどう反応したらいいのかわからず、さして関心のないそぶりでパラパラとめくって
内容とあまり関係のない感想をもらし、その本を彼女の手に戻しました。
「Leg Lover the POCHE」は“Leg Lover”というよりは、むしろ“Foot lover”とした方が合うと思われる内容の作品でした。
女性の脚に視覚的な魅力を感じる男性は多いと思います。
そういった意味では脚フェチはわりとノーマルな性嗜好といえます。
ところが、この漫画に登場するカップルは 足を舐め、舐められる事がセックスの代替行為となっているのです。
彼らを含め登場するキャラクターは皆、ノーマルなセックスでは満たされない性的フリークスとして描かれています。
僕も女性の大腿部からくるぶしにかけてのセクシーなラインにとても魅かれますが、性的嗜好としてはくるぶしから先にある足の方に、より興味が向いています。
その形状の美しさはもちろんですが、汗腺が集中する足裏や指股の蠱惑的な香りや味に激しく惹かれます。
それは麻葉の思いに描かれたように、女性にとっては恥の部分なのかもしれません。
しかし、足フェチにとってそれは女性器と同様に神がかり的な魅力を持ったパーツなのです。
女性の足を崇拝するという心理の裏には、その美しい足で踏みにじられたいという別の願望が潜んでいます。
僕は“女性の足によって蹂躙されたい”という願望は、男性マゾヒズムの根幹であるような気がしています。
もしかしたら彼女は、僕を足フェチと認識し、僕の事を「Leg Lover the POCHE」の主人公に投影していたのかもしれません。
彼女は新しい掲載号が出る度に僕の目の前でそれを読んでいました。
それは僕の性癖に対するささやかな抗議だったのでしょうか?
それとも僕の性癖を“全て受け入れてくれる”というサインを送ってくれていたのでしょうか?
その後、彼女とは性的な事とは別の理由で別れる事になってしまいました。
「レグ・ラバ・ザ・ポチ」は歯ブラシなどの日用品と一緒に僕の部屋に置き去りにされていました。
今となっては彼女の意図は知る由もありません。 あるいは単に僕の思い過ごしで、特別な意図などなかったのかもしれません。
僕の中には様々な性癖が混在しています。
女性の足に対するフェティシズムはそのほんの一端にしか過ぎません。
僕の心の奥に拡がる底知れない闇を知らずにいた事は、彼女にとって幸福だったかもしれません。
その後、僕は長い時を経て、ようやくその暗闇に光を当ててくれる女性と巡り会うことができました。
僕は今、その無常の幸せを噛み締めているところです。
これは、かつて講談社が発行していた青年コミック誌、「ミスターマガジン」に連載されていた足フェチをモチーフにした漫画作品のタイトルです。
少年期のトラウマから女性の足にしか欲情しなくなった青年・憧。
魅力的な足を持ちながら、自分の最も醜い部分としてその足を嫌悪している女性・麻葉。
しかし、彼女もまた足を愛される事でしかオーガズムを得られないパラフィリアでした。
運命的に巡り会った2人の男女の奇妙な愛情物語。
実はこのコミックスは、僕が若かりし頃に交際していた女性の忘れ形見なのです。
彼女はごくノーマルな女性でした。
しかしどういうわけか、このフェティシズムをテーマにした漫画にハマり、毎号夢中になって読んでいました。
掲載誌のミスターマガジンを発売日に購入して真っ先にこの作品を読み、さらに新書版も発売と同時に買い求めていたほどのお気に入りでした。
そんな大切な本を、交際を解消した際、僕が借りていた部屋に置いていってしまったのです。
その後、僕は転居する度にこの本を処分しようかどうか迷いつつ、今だに自分の書棚に収めたまま現在に至っています。
彼女は本をとても大切にする女性でした。
祖父が出版業に関わっていた人で、小さい頃から本は丁寧に扱うよう厳しく躾られて育ったそうです。
それは雑誌や漫画でも同じでした。
僕が仕事の資料に使う本を雑に扱っていると、とても悲しそうな顔をしていました。
経年で薄っすらとヤケてしまった彼女の忘れ形見を手に取り、パラパラとページを繰ると懐かしい日々の記憶が蘇ってきます。
ビールの苦味を美味いと感じるようになったのはいつの頃からだったでしょうか…
10代後半、童貞を喪失した瞬間に、僕は その行為に対してほとんど興味を失いました。
おそらくは通常より少し遅いくらいの初体験でしたが、何の感動も湧き起こりませんでした。
さほど期待していなかったとはいえ、僕は少なからず落胆していました。
それよりずっと以前から、自分が被虐性愛者である事は自覚していました。
自分の性衝動は別の所に存在している。
セックスに対する失望感は僕を次の行動へと駆り立てました。
SM誌で、とある有名SMサークルが会員を募集している事を知り、矢も盾もたまらず入会案内書を取り寄せたのです。
入会の申し込みには期限が切られていました。
現在のようにSMクラブが乱立する以前、SMは今よりもずっと背徳感に満ち、アンダーグラウンドな雰囲気を湛えていました。
それは若者が簡単に足を踏み入れてはならない世界のように思えました。
しかし、ノーマルなセックスでは“肥大していく自己の性的欲求を満たす事が出来ない”という焦燥が、僕の背中を押したのです。
さんざん迷いましたが、締め切り間際に微かに震える手で申込書に記入し、期待半分不安半分でポストに投函しました。
その後1週間ほど経って、会から入会審査を行うので指定場所に来るよう連絡が入りました。
夏の蒸し暑い夜でした。
僕ははやる気持ちを抑えて、指定された都心のマンションへと向かいました。
そこには2人の女王様が待機されていて、僕を優しく迎え入れてくれました。
僕は初めて遭遇する女王様がたを前にして、とても緊張していました。
照明が落とされたその部屋は、梁や檻などが設置され、鞭や拘束具などの責め具がディスプレイされた異空間でした。
30分ほどのカウンセリングで自分の性癖や願望を伝えた後、僕は人生初のSMを体験することになりました。
2人の女王様に促され、その日初めて女性の足下に跪いたのです。
そして念願だった足指に口づけることを許されました。
それは僕をマゾヒズムの世界へといざなう儀式でした。
正座をして両手で女王様のおみ足をしっかりと支え、足指を一本一本口に含んで舌先で丁寧に舐め清めます。
指股にも舌を差し入れ、皮脂や汚れを残さないように舐めとりました。
少しでも手を抜こうものなら女王様の厳しい叱責と鞭が飛びます。
僕は口の中一杯に拡がる甘美な味わいに酔いしれ、若い股間をはち切れんばかりに屹立させていました。
憧れていた、女性のおみ足。
その味や香りや感触は想像していた以上に僕のリビドーを揺さぶりました。
この背徳の儀式は、セックスの何十倍もの快感を僕に与えてくれたのです。
その後、豊臀に顔面を潰され、尻を一本鞭で打たれ、股間を蝋涙で固められながら、2人の女王様の前で精を放ちました。
その時、僕はハッキリと自分の居場所を確認する事ができたのです。
そして、その“官能的な世界”の虜になりました。
しかし、その一方で僕はノーマルな女性たちとも交際をしていました。
通常ならセックスに溺れるような年頃でしたが、そちらの方はいたって淡白でした。
なるべくそういう雰囲気にならないように努めていたと言った方がいいかもしれません。
かと言って、彼女たちの中にサディズムを求める事もなく、自分の性癖を口にする事もありませんでした。
ただ、自分にとって女性は畏怖や崇拝の対象であるという、どこか漠然とした思いだけはありました。
女体にのしかかり、獣のように獰猛に腰を振ることに躊躇いがあったのです。
むしろ体の上に跨られ、抑え込まれ、見降ろされながら腰を使われるような構図が自分に相応しいような気がしました。
最初は女性に覆いかぶさって腰を使ってはみるのですが、すぐに中折れして元気が無くなってしまうのが常でした。
女性はオーラルで僕を励ましてくれましたが何度やっても結果は同じで、そのうち疲れ果て諦めてしまうのでした。
精神的な抑圧から女性に包み込まれたまま、オーガスムに達することが出来ないのです。
そんなことを繰り返し、いつしか彼女達は僕から離れていきました。
僕はノーマルなセックスに関しては不能者同然でした。
何度めの恋愛だったでしょうか…
僕は、冒頭で書いた女性と付き合うようになりました。
同じ価値観を共有できる相手は恋愛のパートナーとして理想的ですが、そういう意味において彼女は僕にピッタリの女性でした。
一緒に映画を観たり、美術館を巡ったり、ショッピングに付き合ったり、お酒を飲んで語らうだけで充分楽しかったのです。
しかし、一定期間交際すると大人の関係になっていく事は避けられないようでした。
彼女とのセックスもまた他の女性たちと同様でした。
普通の男として愛されるだけでは、僕の欲求は満たされないのです。
彼女は自分の責任だと勘違いをしていたようですが、この時も僕は自己の性癖をカミングアウトする事はできませんでした。
ノーマルを装いつつ、満たされない思いを抱え苦悩する日々。
僕は自らのマゾヒズムを解放する場として、彼女の目を盗んではSMクラブへと通っていました。
おそらく彼女を性的に満足させてあげた事は一度も無かったと思います。
最後は口や舌を使って、彼女をオーガズムに導いてあげる事が、せめてもの償いでした。
この頃、僕のマゾヒズムはどんどん重症化していきました。
SMの深みにはまればはまるほど、セックスが味気なくつまらないもののように感じられました。
僕は女性器に奉仕する事で勃起を促し、性行為の最中、目を閉じて被虐的妄想に耽る事で勃起状態を維持していました。
挿入行為とは違い、クンニリングスは僕を興奮させました。
一方的に奉仕する方がより好みでしたが、相互で行う際、目前に迫るお尻の谷間に顔を埋める行為も僕のマゾヒズムを刺激しました。
彼女にS女性になって欲しいと望んだことはありませんでしたが、彼女との日常やセックスにおいて少しでもマゾヒズム的な要素を見つけだそうとしていました。
ある時、僕は思い切った行動に出ました。
いつものように騎乗位に飽きて萎え始めた頃、僕はペニスが抜けてしまわないよう慎重に腰を動かしながら屈曲位と呼ばれる体位に持ち込みました。
そして彼女の両の脚を抱えピストン運動を続けながら、少しずつ足裏に顔を寄せてみたのです。
間近で眺める彼女の足は、小ぶりながらも長い指先がバランス良く並び、角質など全くないスベスベした美足でした。
顔をあてるとヒンヤリとして微かに湿ったような感触。 甘酸っぱい香りが僕の官能をまさぐります。
それは熱く火照った顔にとても心地よく、癒される感じがしました。
僕はゆっくりと頬ずりし、土踏まずにそっと唇を触れてみました。
女性の足に対する憧憬。そして隷従…
僕は顔面を彼女の足裏に徐々に強く押し当てていく事で、あたかも踏みつけられているような錯覚に陥りました。
被虐的リビドーが喚起されたのか、わずかに股間のものが蘇生しました。
元気なく今にも抜け落ちそうだったものが彼女の足裏の香りや感触に反応したのでした。
僕は足指に遠慮がちに舌をはわせ、少しだけ口に含んでみました。
「あっ!」と小さく抗う声。
しかし思いがけず、自分の中で脈動を打ち始める雄の猛りを彼女は感じ取ったに違いありません。
僕は次第に大胆になり、彼女の足の指を一本ずつ舌で絡めるようにしゃぶり、爪の間に舌を差し入れてその味や香りに酔いしれていました。
自分でも股間の物がどんどん熱く硬くなっていくのを感じていました。
(この人、私の足を舐めることで興奮している…) 彼女は間違いなく気がついたと思います。
しかし、その後も特に抵抗する事なく最後まで僕に身を任せてくれました。
この日、僕は彼女の足を愛でることでオーガズムに達することができたのです。
膣不感症気味の僕が射精できた事を彼女は喜んでくれました。 しかし僕の心には後ろめたさが残りました。
当時、彼女は毎日のように僕の部屋に通って来ていました。
彼女の荷物が少しずつ増えていくことに悪い気はしていませんでしたが、性的な部分で“僕でいいのだろうか?”という思いは常にありました。
たまに行うセックスは、相変わらずでした。
足を舐めたり騎乗位でしてもらった時は逝く事もありましたが、大抵は中途半端に終わるので彼女に申し訳ない思いが先立つのです。
彼女は僕を気づかってか、そのことに関しては一切口にしませんでした。
そんなある日、彼女に差し出されたのが「レグ・ラバ・ザ・ポチ」でした。
「最近この漫画が、お気に入りなの…」
それは冒頭から女性の足に対するフェティッシュなシーンの連続で、全編を通して性的倒錯者の生態を描いた作品でした。
僕はどう反応したらいいのかわからず、さして関心のないそぶりでパラパラとめくって
内容とあまり関係のない感想をもらし、その本を彼女の手に戻しました。
「Leg Lover the POCHE」は“Leg Lover”というよりは、むしろ“Foot lover”とした方が合うと思われる内容の作品でした。
女性の脚に視覚的な魅力を感じる男性は多いと思います。
そういった意味では脚フェチはわりとノーマルな性嗜好といえます。
ところが、この漫画に登場するカップルは 足を舐め、舐められる事がセックスの代替行為となっているのです。
彼らを含め登場するキャラクターは皆、ノーマルなセックスでは満たされない性的フリークスとして描かれています。
僕も女性の大腿部からくるぶしにかけてのセクシーなラインにとても魅かれますが、性的嗜好としてはくるぶしから先にある足の方に、より興味が向いています。
その形状の美しさはもちろんですが、汗腺が集中する足裏や指股の蠱惑的な香りや味に激しく惹かれます。
それは麻葉の思いに描かれたように、女性にとっては恥の部分なのかもしれません。
しかし、足フェチにとってそれは女性器と同様に神がかり的な魅力を持ったパーツなのです。
女性の足を崇拝するという心理の裏には、その美しい足で踏みにじられたいという別の願望が潜んでいます。
僕は“女性の足によって蹂躙されたい”という願望は、男性マゾヒズムの根幹であるような気がしています。
もしかしたら彼女は、僕を足フェチと認識し、僕の事を「Leg Lover the POCHE」の主人公に投影していたのかもしれません。
彼女は新しい掲載号が出る度に僕の目の前でそれを読んでいました。
それは僕の性癖に対するささやかな抗議だったのでしょうか?
それとも僕の性癖を“全て受け入れてくれる”というサインを送ってくれていたのでしょうか?
その後、彼女とは性的な事とは別の理由で別れる事になってしまいました。
「レグ・ラバ・ザ・ポチ」は歯ブラシなどの日用品と一緒に僕の部屋に置き去りにされていました。
今となっては彼女の意図は知る由もありません。 あるいは単に僕の思い過ごしで、特別な意図などなかったのかもしれません。
僕の中には様々な性癖が混在しています。
女性の足に対するフェティシズムはそのほんの一端にしか過ぎません。
僕の心の奥に拡がる底知れない闇を知らずにいた事は、彼女にとって幸福だったかもしれません。
その後、僕は長い時を経て、ようやくその暗闇に光を当ててくれる女性と巡り会うことができました。
僕は今、その無常の幸せを噛み締めているところです。