奴隷記念日
早いもので、ご主人様と僕が奴隷契約を交わしてから明日で2周年を迎えます。
2013年8月26日。 この日は僕にとって奴隷記念日なのです。
ご主人様に始めてお目にかかったのが2011年の8月5日。 あの震災があった年です。
すでに4年の歳月が経過しました。
この4年間で僕はマゾヒストとして大きな意識改革を遂げました。
単なる性癖であったマゾヒズムはいつの間にか僕の人生の全てになっていたのです。
奴隷契約から2年間、僕は常に支配者であるご主人様の事を思い、その存在に感謝の念を抱いて生活してきました。 それはこれからも生涯変わることはありません。
長らくSMを愛好し、理想のパートナーを探し求めていましたが、ご主人様と出会うまでは自分が女性と主従関係を結ぶなどとは思ってもみませんでした。
それまでの僕にとって、SMは“美しい女性から与えられる肉体的苦痛の享受”だけが目的でした。
この出会いがなければ一人の女性を信仰の対象のように崇めることもなかったでしょうし、マゾヒストとして生まれながらマゾヒズムの真髄に触れることなく人生を終えたことと思います。
以前の僕は、自分が好む美女ならばお相手は限定されていませんでした。
個人との主従関係を欲していたわけではなく、容姿とプレイのバランスが取れた最上級のS女性と巡り会う事を夢みて、探求を続けていたのです。
それがご主人様との出会いにより“ただ貴女様だけに!"という思いが芽生え“貴女様だからかしづきたい!"と願うようになりました。
ご主人様とのセッションを重ねるうちに徐々にそういう思いに変容していきました。
肉体的苦痛よりも精神的支配を望むようになったのです。
昨年の奴隷記念日には、ご主人様の所有物であるという証にお尻に焼印でお名前を刻んで頂きました。 “貴女様だけに”という願いが結実したのです。
これは奴隷として最も歓喜した瞬間でした。 もちろんそれは今も持続しています。
今年は特に大きなイベントの予定はありませんが、明日はご主人様のお足下に平伏し一緒に過ごさせて頂く予定です。
前回ご調教頂いた際、僕の不注意から負ったペニスの傷の回復が、思いがけず長引いてしまいました。
10日ほど前にその事をご主人様に伝え、1週間ほどご調教の延期をお願いしたところ叱られてしまいました。
「記念日はどうするの?」
8月26日が奴隷記念日に当たるため、ご主人様はこの日にご調教日を合わせようとご多忙の中、スケジュールを調整して下さっているのです。 ただ、今年は事前に「26日は予定を空けるのが難しいので27日になるかも」と伺っていたので、浅はかな僕は“それなら傷の回復を待ってご都合のよろしい日に・・・”と思ったのです。
ところが、ご主人様は「せっかくの記念日だし、ペニス責めは無しでもいいから」と26日にご都合をつけて下さいました。
僕は、勿体無くもご主人様がこの日を大切に思って下さっていたことを改めて知り、感涙に咽んだのでした。
ご主人様と交わした奴隷契約書には奴隷契約の解除についても触れています。 これは当然ながらご主人様にのみに与えられた権限であり、奴隷の廃棄、譲渡は自由に行えるというものです。
もとより僕はご主人様に生涯を捧げた奴隷の身ですから、奴隷契約の解除を願うはずもありません。それは一番恐れていることなのです。
許されることならば残りの生涯をかけてお仕えしたい。
いつまでも僕の頭上に君臨していて戴きたい。
奴隷解放記念日というのがありますが、もし、ご主人様に解放されることがあるとしたら、それは僕にとってマゾヒズムの終焉を意味します。
ご主人様のことを思うとき、女性として幸せになって頂きたいという思いもあります。
いずれ、僕が奴隷としての役目を終える日が来るかもしれません。
しかし、今は出来るだけ永くこの幸せが続いて欲しいと願っているのです。
明日は、より厳粛な気持ちでご調教に臨もうと思います。
足下に かしづくことを 許されて 8.26 (ハチ ニー ロク)は 奴隷記念日
2013年8月26日。 この日は僕にとって奴隷記念日なのです。
ご主人様に始めてお目にかかったのが2011年の8月5日。 あの震災があった年です。
すでに4年の歳月が経過しました。
この4年間で僕はマゾヒストとして大きな意識改革を遂げました。
単なる性癖であったマゾヒズムはいつの間にか僕の人生の全てになっていたのです。
奴隷契約から2年間、僕は常に支配者であるご主人様の事を思い、その存在に感謝の念を抱いて生活してきました。 それはこれからも生涯変わることはありません。
長らくSMを愛好し、理想のパートナーを探し求めていましたが、ご主人様と出会うまでは自分が女性と主従関係を結ぶなどとは思ってもみませんでした。
それまでの僕にとって、SMは“美しい女性から与えられる肉体的苦痛の享受”だけが目的でした。
この出会いがなければ一人の女性を信仰の対象のように崇めることもなかったでしょうし、マゾヒストとして生まれながらマゾヒズムの真髄に触れることなく人生を終えたことと思います。
以前の僕は、自分が好む美女ならばお相手は限定されていませんでした。
個人との主従関係を欲していたわけではなく、容姿とプレイのバランスが取れた最上級のS女性と巡り会う事を夢みて、探求を続けていたのです。
それがご主人様との出会いにより“ただ貴女様だけに!"という思いが芽生え“貴女様だからかしづきたい!"と願うようになりました。
ご主人様とのセッションを重ねるうちに徐々にそういう思いに変容していきました。
肉体的苦痛よりも精神的支配を望むようになったのです。
昨年の奴隷記念日には、ご主人様の所有物であるという証にお尻に焼印でお名前を刻んで頂きました。 “貴女様だけに”という願いが結実したのです。
これは奴隷として最も歓喜した瞬間でした。 もちろんそれは今も持続しています。
今年は特に大きなイベントの予定はありませんが、明日はご主人様のお足下に平伏し一緒に過ごさせて頂く予定です。
前回ご調教頂いた際、僕の不注意から負ったペニスの傷の回復が、思いがけず長引いてしまいました。
10日ほど前にその事をご主人様に伝え、1週間ほどご調教の延期をお願いしたところ叱られてしまいました。
「記念日はどうするの?」
8月26日が奴隷記念日に当たるため、ご主人様はこの日にご調教日を合わせようとご多忙の中、スケジュールを調整して下さっているのです。 ただ、今年は事前に「26日は予定を空けるのが難しいので27日になるかも」と伺っていたので、浅はかな僕は“それなら傷の回復を待ってご都合のよろしい日に・・・”と思ったのです。
ところが、ご主人様は「せっかくの記念日だし、ペニス責めは無しでもいいから」と26日にご都合をつけて下さいました。
僕は、勿体無くもご主人様がこの日を大切に思って下さっていたことを改めて知り、感涙に咽んだのでした。
ご主人様と交わした奴隷契約書には奴隷契約の解除についても触れています。 これは当然ながらご主人様にのみに与えられた権限であり、奴隷の廃棄、譲渡は自由に行えるというものです。
もとより僕はご主人様に生涯を捧げた奴隷の身ですから、奴隷契約の解除を願うはずもありません。それは一番恐れていることなのです。
許されることならば残りの生涯をかけてお仕えしたい。
いつまでも僕の頭上に君臨していて戴きたい。
奴隷解放記念日というのがありますが、もし、ご主人様に解放されることがあるとしたら、それは僕にとってマゾヒズムの終焉を意味します。
ご主人様のことを思うとき、女性として幸せになって頂きたいという思いもあります。
いずれ、僕が奴隷としての役目を終える日が来るかもしれません。
しかし、今は出来るだけ永くこの幸せが続いて欲しいと願っているのです。
明日は、より厳粛な気持ちでご調教に臨もうと思います。
足下に かしづくことを 許されて 8.26 (ハチ ニー ロク)は 奴隷記念日