目覚めよと呼ぶ声あり
S、M両刀、いわゆるスイッチャーの男性達を心のどこかで蔑みながら、純粋にマゾヒズムのみを追求してきた僕の中には、女性に対するサディズムの願望は微塵もありません。
女性の緊縛写真に関してもその美しさは認めつつも、関心の埒外であって、ましてや、それで自慰をした経験など一度もありませんでした。
まだ男性M専門誌が存在していなかったその昔、M記事を求めて購入したSM誌の中身が、女性に対する陵辱小説や緊縛グラビアばかりだった時は、買ったばかりの本を床に叩きつけたい衝動に駆られたものでした。
SとMは表裏一体、誰しもが心の奥底に両方の性癖を秘めているなどという説は、僕には到底信じ難いものでした。
僕は自分が真性のマゾヒストである事を誇らしく思います。
そんなM一筋の僕ですが、実は女性の緊縛写真集を何冊か所有しています。
そのほとんどが荒木経惟氏の写真集であり、これは緊縛に惹かれて買ったわけではなく、荒木氏のファンだからという理由でやみくもに手当たり次第買った物のうちの数冊なのです。
しかし、ただ一冊だけ、モデルの可愛らしさ、そして彼女の肉体と緊縛美のエロスに魅せられて購入した本があります。
その書名は声写真集「人間時計」。
モデルは当時、漫画専門古書店「まんだらけ」のコスプレ店員だった声さんです。
僕はこの1冊で彼女の虜になり、この本の他にビデオ「映像 人間時計」と「恒河沙」を購入しました。
「人間時計」と言うと、何やら「人間便器」や「人間灰皿」などと同様に、ポゼッションプレイの一種かと思われるかもしれませんが、これは1962年に徳南晴一郎という漫画家が描いた「怪談 人間時計」と言う貸本漫画から命名されたタイトルです。 声さんというお名前もこの漫画の主人公「声タダシ」が由来のようです。
この漫画は読むドラッグと評された非常にカルト性の高い気味の悪い作品ですが、一部マニアから絶大な支持を受けていて、古書価格が10万円以上に高騰した事もあり、1996年には太田出版から復刻版が刊行されています。
声さんは当時からサブカル的なものに傾倒していたようで、まんだらけに入社した動機も「このお店の発することさら異様な雰囲気に惹かれ…」とあるように、この「怪談 人間時計」も大のお気に入りだったのでしょう。
17年前、まんだらけのオークション会場でご本人とお会いして、握手とサインを頂いた時は、天にも昇る心地…と言うよりは地に頭を付けて平伏したい気持ちになりました。
彼女の存在があまりにも神々しかったからです。
彼女は広島県呉市の出身で、サインに日付を入れる際は、頭に「after hiroshima」を表す「AH」のイニシャルと、あの忌まわしい日からの経過年を書き込むのが常だったようです。
声写真集「人間時計」には声さんの魅力の全てが詰まっています。
22歳の穢れない裸体。
漫画や特撮ヒロインのコスチュームを身に纏い、縄師・鏡堂みやび氏に陵辱される儚げな美少女。
程よくふくよかな肉体と張りのあるバストから放たれる最上級のエロス。
唇を噛み締め、端整な顔を歪めて、羞恥と屈辱にわななく狂おしいまでの被虐美。
時に緊縛師やカメラマンを睨みつけ、時に虚ろな眼差しで恍惚に身を委ね、全身からむせ返るような色香を発散する。
幼げであどけない表情の奥に時折垣間見せる成熟した女の顔。 清楚さと妖艶さのアンバランスな融合。
元祖コスプレイヤーの本領を発揮して、少女椿のみどりちゃんや特撮ヒロインのベルスター、けっこう仮面などに扮し、縄を掛けられる声さん。 一見シュールで滑稽な図に見えますが、彼女の息を呑むような美しさと真剣な眼差しの前にそれらは見事に掻き消され、感動さえ覚えるのです。
撮影を担当したまんだらけ社長の古川益三氏は、本のあとがきにこんな風に書いています。
「いい写真、納得のいく写真を撮る条件とは何だろう。写真撮影の知識、良いカメラ、フィルム、レンズ、照明等々色々あげられるだろうが、絶対必要条件があるとしたら、それは優れた被写体が存在するという事だろう。
声という今回の被写体は、実に不思議な被写体だった。 普段はボーとしてて、あまり常識の無い女の子、という感じなのだが、撮り進めていく中で、時折見せる超俗性は、「一体どこから来るのか」とドキッとさせられるほど、ピュアなものであった。
声の表現する処女性と非処女性は、決して作られたもの、演じられたものではなく、彼女独自の超俗性から、ナチュラルにこの世にもたらされる、プレゼントかもしれないと、撮り終えて、紙焼きを見ながら思ってしまった」
古川氏はプロの写真家ではありませんが、彼が称賛する極上の被写体を得て切り取った非日常的瞬間は、芸術的などという曖昧な表現を越えて、神秘的な領域にまで達し、神々しいまでに光り輝いています。
もう一方のビデオ版「人間時計」の方は、ひたすら、この写真集のメイキングシーンを撮影したものでしたが、映像の中の声さんもとても魅力的な女性でした。
童顔で、おっとりとした雰囲気の癒し系女子で、舌足らずな喋り方がさらに幼さを強調していますが、周囲への気配りや優しさ、それでいて意志の強さも感じさせました。 彼女のド根性が「人間時計」を完成度の高い伝説の写真集たらしめたと言っていいと思います。
撮影は終始和やかな雰囲気の中で進みましたが、ときにあまりに厳しい緊縛に苦痛の声を漏らし、「やめて…やめてください!」と拒絶する緊迫したシーンもありました。
撮影現場のただならぬ様子に気づいたのか、窓外から覗いている中年男性がいたのですが、天井から吊られながらも目敏くそれを見つけ「オヤジが見てる…」と呟いたシーンには思わず笑ってしまいました。
写真集「人間時計」には、撮影時に剃毛された声さんのアンダーヘアを一本ずつ封入した、1153部刊行の限定版が存在していますが、僕が入手したのは残念ながら普及版の方でした。
限定版を買い逃したのは、フェティシストとして一生の不覚でした。
写真集本編は、剃毛でツルツルにされた秘部のふくらみも、ピンク色に割れた陰裂も無修正のままですが、ここで紹介した写真はモザイク処理を施してあります。あしからずご了承ください。
写真集の刊行からすでに17年・・・
古川氏によって、「普段はボーとしてて、あまり常識の無い女の子」と評された声さんですが、まんだらけを退社した後はコスプレアイドルとして活躍したり、同郷のrinarinaさんと組んで、少々不謹慎な名称のコスプレアニソンユニット「ピカドンズ」を結成し、ライブなどを行ったりしていました。 その後、2009年にブログ上で突然結婚と妊娠を発表。 39歳、二児の母となった現在も当時の美貌は健在で、日々サブカル的なものやコスプレを堪能しておられるようです。
声さんの緊縛美に魅入られて、果たして僕の中の、誰でもが有しているとされるS性は目覚めたのでしょうか?
いや…当然ながら、やはりそれだけはありませんでした。
むしろ僕は彼女の中に潜む妖美さに心を惑わされ、その神秘性の前に跪きたいと考えていたのです。
彼女の中のサディズムを覚醒させて、責め苛まれたいと望んでいたのです。
窮地に陥ったヒロインが最後は逆転に転じ、悪人どもを打ち倒すように…
けっこう仮面に扮した声さんに、緊縛師や配下の男達をおっぴろげジャンプからの太もも締め、顔面騎乗窒息責めの連続技で戦意を喪失させ、とどめのヌンチャク攻撃を見舞って成敗して欲しい。
もちろん僕はその悪の配下の1人に加わりたいと望んでいるのですが、何か問題ありましたでしょうか?